もう一度高校の教員にと・・

知人から高校の教員にならないかという話が来た。それほど遠くもなく面白そうな学校だ。

でもねえ・・・とりあえず一番やりたいことをお金の続く限りやりたい。高校現場は懐かしくて心は動くけど。

シュレッダーが欲しい

教師を辞めるときにし残した大失敗

最後の頃は個人情報などがうるさく言われるようになったので、えんま帳はもちろん、生徒の写真が載っている資料とか全部シュレッダーにかけたし、フロッピーディスク(あ、死語だ。最後の頃はスティックメモリーも使っていたけど)のだけど、うちに20年ほど前に勤めた学校のえんま帳と生徒の個人カード一クラス分が残っていた。

まったく何であるか読み取れないくらい細かくちぎって少しずつ捨てているけど、いい紙を使っているので、大変。安い手動シュレッダーでは刃がすぐ痛みそうだし、コピー機みたいにコイン式のシュレッダーがあるといいのにな。

カンニングって

カンニングって、一面のトップを何回も占めるようなものだろうか。違和感を感じる。

教員をやっていて、くせ者の一つ。いろいろな苦い思い出がある。

22年間の教員生活で、捕まえたのは二人。一人は母親が「学校がカンニングくらいで謹慎にするなんて厳しすぎる」とすったもんだのあげく退学していった。もう一人は、教壇から見ていたら、該当者の斜め後ろの子が、こっちを意味ありげに盛んに見ている。何かなと思って立つ位置を変えたら、問題用紙の手前側を持ち上げながら答案を書いている子がいた。問題用紙の下にカンニングペーパーを置いていたのだ。

自分のクラスの生徒が捕まったことも2回。一つは、本人が言うとおり、「暗記用につくった紙をうっかり筆箱に入れて出してしまった」のではないかと思う。とはいっても試験に関係あるものを机の上に出しておいて、さらに試験中に筆箱からだしたというから、やむを得ないけど、そのときの生徒指導部や管理職の言葉がその子を傷つけたのがわかるので、後悔が残る。もう一つは前年度からカンニングをしているという密告が近くの席の子からあったので、監督の先生にみな知らせて、気をつけてもらって一時やんだようだったのだが、結局せっぱ詰まってまたやってしまった。真面目にやっているものから見れば許せないから、密告が結構あるものだ。

教科担任として、自分の試験でカンニングがあったことは3回。1回はカンニングペーパー持ち込みで、すごく緊張しながら書いていたという。もう一つは明らかにいくつかの教科で前の席の生徒と答案がそっくりなので、調べてくれと言われたこと。でもこれはいくら不自然に似ていても、現場を押さえてなければ無理。もう一回はやはりもう一回は授業のプリントを問題用紙や解答用紙と混ぜて持っていた。これは休み時間中ぎりぎりまで勉強していたのをうっかりしまい忘れたとのことだったけどどうなのだろうか。

一番にがい思い出なのは、視線が不自然だったり、姿勢が不自然で、カンニングだと確信があっても証拠がつかめないことが、もっともっとあること。特に他の生徒の答案を見るというのは、証拠が残らないので難しい。

文化祭

すぐ目の前の高校が今週末あたり文化祭らしい。

放課後というよりも夜遅くまで、華やいだ声や音楽が聞こえる。直近の人はたまらないだろうけど、懐かしくて胸が詰まる。担任は大変だけど、いつみても青春してるという場面に出会う。特に最後に勤めた学校の文化祭は楽しかった。縁がなくなって、もうたぶんほんの1割くらいしか知っている元同僚はいないだろうけど、あの熱気が感じられるのならいきたいなあ。もう少しもと職場が近いといいのだけど。

教え子

ラーメン屋さんに入ったら、店員の一人が妙に人の顔を見ているような気がする。注文の頼んだときになにか言いたげだったような気がする。トイレに行くときにもなにかいいたげにカウンターの中からこちらを見ているような気がした。

レジで支払いをするときに、「先生ですよね」と言われて、ドキッ。胸の名札をみるとかつての教え子というか、授業では教えていないけど、教員だった最後の年にクラブと委員会で関わっていた子だった。もう卒業したんだ。

顔立ちも雰囲気も変わってないけど、予定外の所で会うと、わからないものだ。とはいっても所用があってでかけてきたここは、かつての勤務先と同じ町で、直線距離ではそんなに遠くないから、あちこちに教え子がいても不思議はないのだけど。

昔の職場

かつての職場の文化祭に行く。

都立高校の先生は基本的に6年で異動するので、先生方はもう半分以上変わってしまった。もう行くのも、たぶんこれが最初で最後だと思う。文化祭は相変わらず盛り上がっていて、楽しそうだった。体育館は暑かったけど、ブラスバンドの演奏はいつもながら青春しているのが伝わってきて楽しかった。

生徒の方は、今の3年生は1年の時授業はもってなかったので、ごく一部の子たちだけ委員会や生徒会やクラブで知っているだけだ。演劇部の公演で、昔一年生として出演していた子たちを何人か見かけた。声はよく通るようになったけど、どうも滑舌が・・・それに演技も・・・

在学中には一度も見なかった、生物系の展示があった。これって私の後任の先生の指導かな。私も科学部を持って生物的なことをやらないかといわれたけど、運動部の方が好きだったから、ことわってしまったものなあ。

卒業生は、私の担任した頃の生徒はもう見かけない。大学に行った子たちはもう4年生だし、ほかは就職したものなあ。今年卒業した子たちに会えたのが嬉しかった。

職場のすぐそばにあった、猫が広い敷地でいつも遊んでいたお屋敷は健在
猫屋敷は健在

演劇ガイダンス、テニス部

何の因果か?文化祭の演劇担当になったので、各クラスの委員を集めて演劇のガイダンスを。

昨年担任を終わって審査委員としていろいろなクラス演劇を見て、つくづくうちのクラスはうまかったんだなあと改めて感心した。大道具や小道具の細部まで凝ってきれいに作ってあったし、本当にうちのクラスのキャラクターにあった劇だった。演劇は初めての担任は何も知らないまま生徒に任せていたけど。

「嵐になるまで待って」というキャラメルボックスの劇はメインのキャラクターが聾唖者なので台詞がまったくなく、手話と表情とジェスチャーだけで演技することになる。この演技で観客を惹きつけられる役者は、高校生には滅多にいない。

全く役に立たなかった担任は、生徒のおかげで育てられて、今後輩たちの指導をしていると、クラス通信(年に1〜2回元のクラスの子たちに出している)に書いておこう。

テニスがしたかったけど、午後から風があまりにも強くなったので、軟弱な顧問は挫折。今年はテニスが専門の体育の先生がやってきて一緒に顧問になったので、実はだんだん出番がなくなっていく。休日出勤を嫌がらない人なので、通訳学校をあまり休まずにすむかなと、密かに期待。

石毛直道の食文化のエッセイを読む。この人とは行っている国が共通するので、なかなか面白い。アフリカとかアジアとか太平洋の国々の食文化って、煮る焼く蒸すの料理の起源が感じられて面白いし、安くておいしいものが食べられるの魅力的。

しかし・・・・呆然とするような記事がありました。何も言う気が起こらない。「文科相がゆとり世代に謝罪 茨城大付属中で」

顕微鏡写真

職場のデジカメは顕微鏡につけられるようになっているのだけど、使ったのは初めて。

いつも4月の始めには顕微鏡の使い方という実習をやるのだけど、そのときに使う、ツクシの胞子の150倍像、そっと息を吹きかけると4本の弾糸がきゅっと縮んでからもごもごとのびるので、生徒はきゃあきゃあ騒いで喜ぶ。ツクシの胞子

ただし、今年は2、3年の選択生物しか持ってないので、○○年間の生物教師生活初めて、この4月恒例の授業をやらなかった。

ツクシも今年は遅くて、いつもは前の時の終業式くらいに採集するのが、今年は始業式にも近くの空き地にあった。

右傾化、締め付け・・・

日本の右傾化が中国や韓国で、過去の軍国化を正当化しており、国連安全保障理事会の常任国入りの障害になるという宿題のリーディングで、東京都は、卒業式で君が代を起立して歌わない教員を処分しているという話がでてきた。

君が代が国歌として妥当だとは思わないけど、ただ私自身は以前組合が立たない方針で戦っていたときの方が居心地悪く感じていた。別に国歌に敬意を払うとかじゃなくて、生徒には式の部分は整然とした状態で行ってあげたいと思っていたから。

それはそれとして、「こうしなければならない」という縛りがここ数年余りにも多くなったので、職場に余裕がなくなってきて、いい意味でのちょっといい加減でのんびりした雰囲気(古き良き時代の都立高校)がなくなっていくのを感じる。

確かにこれで給料をもらっているのは許せないっていうくらいとんでもない教員にも会ったけど。まあそれは管理職の能力の問題だし。

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